紀伊半島南部、那智山を源流とし熊野灘に注ぎ込む太田川。いま、紀南エリアで注目されつつあるのが、全長24kmの太田川流域沿いに位置する太田・色川地区だ。古くから那智山から流れる恵みの水を生かした米作りが盛んで、のどかな里山の風景が「日本の原風景」と謳われる太田地区。太田川上流の山深い地域にあり、移住者が人口の半数以上を占める色川地区。今回は、熊野古道・大辺路のルート上にある大泰寺から、太田川流域沿いを県道45号で北上し熊野那智大社に至る、大辺路のサイドストーリーをお届けします。

古代から歩かれてきた参詣道、熊野古道は日本を代表するロングトレイル。伊勢路・小辺路・中辺路・大辺路・紀伊路とあるなかで、熊野灘の風景を楽しみながら歩けることから文人墨客に愛されてきたのが大辺路(紀伊田辺〜補陀洛山寺)だ。そんな大辺路歩きの詳細は『PAPERSKY』の連載をご覧いただくとして、大辺路取材の道中で知って興味を引かれたのが、太田川流域沿いを北上して那智の滝に至る25km強の裏ルート。そして、流域の小さな集落で営まれているユニークなライフスタイルだった。


禅サウナや夜のお寺ツアーなど、他では体験できないコンテンツを満喫できる宿坊「Temple Hotel 大泰寺」から、大辺路と反対方向へ県道45号を進む。太田川に近づいたり離れたりしながら、45号線は少しずつ川の上流域に向かっている。その先に見つけたのは、「Mahoraja」というサインが描かれた古民家。「備長炭発祥の地」ともいわれる小匠集落に移住した、絵描きの平田聡さんのギャラリー兼スタジオだ。奈良県初のプロスケーターでもある平田さんが移住したのは10年前。和歌山県南部で伝統的につくられてきた「紀州備長炭」に魅せられ、この地の師匠に弟子入りして備長炭作りをいちから学んだ。

「山で原料となる木を切り出して集め、窯に入れて一週間以上かけて蒸し焼きに。じっくり蒸し焼きにすることで、ギュッと締まった質のいい備長炭ができます。難しいのは窯の中の空気のコントロール。人差し指1本分ほどの空気穴を開け手空気の通り道をつくりますが、炭の状態を見ながらこれを少しずつ広げていきます」
廃屋だった古民家を借り受けてセルフリノベしながら、炭焼き窯も自作した。炭を焼きながら、紀南の神話や自然をモチーフにした絵を描き続けてきた。現在は炭の原木を切り出す場が少なくなってきたこと、絵の仕事が忙しくなってきたことから、炭焼きは不定期に。つきあいのある問屋やここを訪れた人を中心に譲っている。


「自然の流れに身を任せて絵を描いたり、炭を焼いたり、野菜を育てたり、そんなライフスタイルを送れるようになったのは、ひとえにこのロケーションのおかげ。山深い場所だから雨や風、気象は強烈ですが、雨が止んだ後は大気のチリや埃が一掃されて山の緑がキラキラ輝きます」
そうした風景や風土がアーティストを惹きつけるのだろうか、自然の恵みをものづくりに生かす移住者が増えているそうで、このコミュニティはさらにユニークに深化していきそうだ。

スケートボードに乗った平田さんに見送られ、さらに上流域へ向かう。道中、川遊びができそうな川原を見つけたので降りてみた。びっくりするほど冷たい水に膝までつかって身体を冷やす。この先、川遊びポイントがいくつかあるので、手ぬぐいを準備して歩き続けよう。やがて、石積みに守られた棚田が美しい色川地区に入る。こちらではエリアの自然環境を生かし、名産の色川茶やジビエの製造などが行われている。300人足らずの人口の半分以上が移住者というが、農的・半自給自足的な暮らしを求めてやってくる人も多いそう。聞けば、1970年代には農的な暮らしを目指す移住者で作られた生活共同体「耕人舎」が有機農業や農作物の加工といった活動を始めており、当時から移住を受け入れていたようだ。現在も地域の財産である棚田を守ろうと、棚田の農業イベントや棚田オーナー制度などを実施して地域外の人々との交流を積極的に行っている。

その先に見つけたのは、休憩にぴったりな「らくだ舎喫茶室」。色川地域唯一のよろず屋に併設するカフェ兼コミュニティスペースで、地域住民の憩いの場でもあるらしい。小さな店内は年齢もさまざまな人々で賑わっていた。奥がカフェになっており、地域で採れた野菜や卵を使ったフード、色川茶のほうじ茶ラテなどを提供している。店舗の手前がよろず屋で、色川茶など地域の名産品から日常のおやつまでを扱っている。本が置いてあるのは、なんとここには出版部門があるから!扱っているのは、「自分たちが読みたい」という目線でセレクトした500冊余りだ。


「らくだ舎喫茶室」を夫とともに営む千葉貴子さんも移住者で、9年前にやってきた。東京では編集・制作会社に勤めていたそうで、そのスキルを活かして地域の制作物を手掛がけている。2023年には、出版部門の「らくだ舎出帆室」から「二弍に2(にににに)」を発刊した。200年後の社会をテーマに、さまざまな書き手に寄稿してもらった詩、短歌、写真、エッセイを収めたアンソロジーだ。「タイパ」なんて言葉が流行ってしまうこの世の中に、200年という長期的な視点をもってものごとと向き合う、その姿勢に共感する。時間をかけること、時間だけが育めるものは確かにある。

すてきな喫茶室を後にして、色川の棚田の風景を眺めながら那智大社方面へ東進する。鳴滝城址の手前でトレイルに入ると、熊野古道・大雲取越ルートに合流する。そのまま石畳道を歩いて古道の風情を楽しもう。朱赤に輝く重塔が見えてきたら、ゴールの那智大社はもう間近だ。

軽量&スマート、だから快適。アクティブに動ける「ヘスパー」
裏道を歩いて那智大社を目指した今回のハイキングでは、一気室の軽量バックパック「ヘスパー30」をチョイスした。本体重量わずか730g(サイズ2)、無駄を削ぎ落としたミニマムなデザインながら、長期のバックパッキングにも対応する本格派。メッシュ状に仕立てて通気性を高めた背面パネルや安定感のあるウエストハーネスのおかげで背負い心地も快適だ。

シンプルな構造だからアレンジの幅が広い「ヘスパー」は、身軽に動きたいハイカーにぴったり。軽量バックパックを背負って、熊野古道の裏道を行くハイキングに出かけよう。

ジッパーの開口部はU字型に大きく開き、中の荷物を取り出しやすい。

快適な背負い心地は通気性のいい背面パネルのおかげ。

クラシックなデザインとAzTec®︎ 8oz canvasの素材感のコンビネーションが魅力の「ゲッコ」。高密度に折り上げた素材にワックス樹脂を染み込ませることで耐水性をもたせている。

メインコンパートメントにアクセスできる、大きく開くサイドジッパーが便利。
【今回使用しているアイテム】
Hesper 30 (color:PS)
Gecko (color:TS)
Trek Shoulder S(color:TS)
〈PAPERSKY〉Japan Long Trail Walker PAPERSKYバージョンはこちらから